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リーダーとヒーロー
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畠山圭一(理事長・学習院女子大学教授)
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この一人がいなかったならば、歴史の流れはよほど違っていたということがある。
もちろん歴史は時勢の流れであり一人で成るものではない。だが歴史は一人の人物を得てこそ大きく転回する。
『忠臣蔵』の主人公・大石内蔵助もその一人であった。赤穂浪士たちの行動は主君・浅野内匠頭への忠義を超えて暴政を改めさせる契機となった。その意味で忠臣蔵は明らかな義挙である。だからこそ、赤穂浪士たちが示した、公儀の失政に対する「抵抗の精神」は、後世、維新の志士を鼓舞する役割を果たした。
歌舞伎役者の松本幸四郎丈は大石内蔵助を次のように実に的確に評している。
「大石内蔵助という人はヒーローではなく、傑出した真のリーダーだったと思います。自分をひけらかさず、同志一人一人の人生を全うさせ、花咲かせてあげた人だと思います」
江戸城内松之廊下における「殿中刃傷」事件がなければ、「忠臣蔵」は起こりえなかったし、大石内蔵助が歴史に名を残すこともなかった。だが、ここで重要なのは、大石内蔵助がいたからこそ、忠臣蔵は単なる仇討に終わらなかったことである。赤穂藩筆頭家老として、突然、渦中の人となった大石内蔵助が、自らに下された天命を自覚し、主君への忠義を、公儀の失政に対する「抵抗の精神」へと高め上げていった、その思想。己に対する世評を気に留めず血気に逸る同志の心を掴みながら着々とその思想目的の実現に向かって突き進んだ、その行動。これこそが「忠臣蔵」の本質である。
『西郷南洲遺訓』に「人を相手とせず、天を相手とせよ。天を相手として、己を盡して人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」とあり、「道に志す者は、偉業を貴ばぬもの也」とある。
ヒーローとは偉業を成し遂げた人である。一方、リーダーとは、己を捨てて人を公道に導き、自らもその道に徹した人である。
大石内蔵助はまさしく本物のリーダーであった。 |
| (平成19年4月7日記) |
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